静岡市葵区五番町 O様邸 新築現場ー14 基本的に硬い地盤の地域なのですが・・・
先日の地盤調査の様子です。
葵区五番町は安倍川流域で何万年前から運ばれてきた石や玉砂利で
構成されている硬い地盤なはず。
お施主様とも地盤強度はそれほど心配のない場所と会話していたのですから。
ところが、このスクリューポイントを挿入してみて 地表から1.5mの深さまで
軟弱地盤の
気配があるという速報を聞いて、関係スタッフ全員ビックリしています。
五番町が?@o@;/ スタッフ何十人も居る訳ではないです。大袈裟でしたm(_ _;)m
特に悪かったのは敷地の左奥。 その近辺は少しずつ間隔を離しながら
ポイント2・6・7・8・9と集中的に5カ所行いましたが やはり軟弱。
いずれも1.5m以下は礫質(砂利・石・岩)でカチカチでしたが、表層は砂と粘土質で弱い。
今回は柱状改良という方式で地盤補強工事を行ってから基礎を造ります。。
直径80cm、深さ1.75mまでセメントの固化材を地中に注入して コンクリートの柱を作ります。
本数は27本。 3階建ての住宅の荷重を柱状に固めた27本に乗せて受け止めさせる工事です。
安倍川流域は硬い! と言われてますが考えられる原因は2つ。
1940年の静岡大火。
1月15日 昼12時8分の新富町1丁目28の大工さんの住宅で
奥さんがお昼の支度をしようと仕事で出たかんなクズや木材を、釜戸で燃やしていたら
北西からの強い風(風速9.2m/h)で煙突から、燃えている木クズが舞って 隣の荷馬車業の厩舎の屋根に燃え移ってしまい
さらに南東に隣接している市立三番町小学校が全焼。火の粉が舞い上がって南東方向の静岡駅付近の繁華街の大部分が消失。
見ていた訳ではないです。生まれてませんから! ウキペディアに書いてありました。
↓翌日鎮火した写真
その時の焼け落ちた木材や残骸がそのまま撤去されていないまま、
月日が経って その上に盛り土して家が建ち並んだ場合、地盤が緩いケースがあります。
がっ! ↓ 五番町は延焼してません。記録では。
次に考えられるのは静岡大空襲。 静岡大火から5年後です。
この写真は五番町のすぐ隣の新富町から浅間山方面を撮影。
だから私が撮った写真ではないですって。。。何回も言いますがまだ生まれてないって~!
焼けた木材や炭、灰、瓦などが濡れて腐って固まった地面に盛り土した地域の可能性があります(><;) 蒔田
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